遺言イメージ

遺言でお墓は兄に引き継がれていく

祖父が亡くなってから23年になりますが、わたしが幼少の頃より病気をしていた祖父でしたので、
覚えている姿は杖をついた姿か寝たきりの姿が多かったのです。

実際に亡くなった時は、祖父母宅で亡くなったというのもあり、病室ではなく日常の場所で息を引き取ったのは良い死にかただったと思います。
亡くなる直前には、危篤を知らされていたので親戚も集まっていました。
といっても東京にいる叔父二人はこれなかったので、長男である父と同じ北海道に住んでいる二男の叔父家族だけ集まりました。

祖父母は特別財産があったわけではないですが、田舎で獣医を営んでいたので昔はそれなりに財産もあったようでした。

しかし、祖母の浪費がたたり土地なども売ってしまったということを大人になって理解しました。

当時わたしは高校生でしたが、たまに祖父の様子も見に行ったりしました。
そして遺言について祖母が話しだしました。
田舎にある従兄のお墓についての話でした。
どうやら祖父は自分の両親のお墓と従兄のお墓と両方の面倒を見ていたらしく、
それなりにお金もかかっていたと思います。

その「お墓の面倒を誰か見てほしい」ということを元気な頃によく言っていたらしく、
祖父以外はどちらかというとその従兄のお墓は関係ないものなのですが、気にかかっていたのでしょう。
そんな話をしていたのですが、夜も遅いのでみんな今すぐに何か考えることではないと床につきました。

そして翌日の早朝でした、まだ北海道の2月だったので気温も氷点下4時頃だったので外は真っ暗だったのですが、祖父がそろそろ危ないということでした。
すぐ駆けつけた時には、すでにお医者さんと看護婦さんがベット付近にいていました。

そして親族が到着して5分くらいで息を引き取りました。
祖母は「いい死にかただったね〜」と涙していまして、お医者さんも立ち会いということもあり、
スムーズに行きました。

そしてすぐにベットからおろして床に敷いた布団に寝せると、
祖母がわたしと兄に「おじいちゃんのお尻を拭いてあげてもらえるかい」と言われ、
何かわからなかったのですが、亡くなった時に体が弛緩してお尻から便が出ていたのです。

その便をわたしと兄で拭いてあげたのが今も鮮明に覚えています。
その後のお通夜の時に親戚一同が集まり遺言の話しになりまして、なにせお墓のことですから
当時の高校生のわたしにはよくわからなかったので、大人になって知ったことなのですが、
どうやら祖母の話しと書面に書き残していたものがあったようで、さすがに書面に書かれていると
田舎に住んでいる二男の叔父も一番その従兄のお墓に近いのは俺だなということで、面倒をみることになりました。

叔父は祖母の事は浪費家だったのであまり好きではなかったようですが、祖父のことは尊敬していました。
そういうことで遺言については決着しまして、祖父のお墓を新しく父が持つことになりました。

そしてわたしの兄が初孫だったものですから、小さいころより可愛がられていまして、
祖父は車で2時間かけて生まれたばかりの頃はよく通ってきていたようです。
兄に対する思いは結構強かったのでしょう、実はその兄が昨年より仕事の関係で叔父のいる田舎で働くようになりました。

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