遺言イメージ

おじいちゃんが残した遺言をめぐる騒動

私のおじいちゃんは、本州から北海道に移住して北海道で一旗あげた人でした。
四男として産まれた祖父が関東地区から北海道に渡った頃にはまだ開拓もそこそこで、
未開の地には本州から多くの人々が新天地を求めて移住し、夢も希望もあったようですが、
なにせ厳しい自然環境の中でそれはそれは想像を絶する苦労もあったようです。

私の母は7人兄弟の末っ子でしたが、おじいちゃんよりも早く癌で亡くなりました。
私がまだ20歳の時です。
しばらくはおじいちゃんも元気にあちこち旅行に行ったり楽しんで過ごしていたのですが、
ある時体調を崩してしまい、毎日出掛けていたドライブも行かなくなったようです。

夜はできるかぎり身内が交代で面倒を見ていたのですが、昼間はそれぞれ仕事もあり、
昼の間はほとんどをヘルパーさんに御願いしている状態でした。
とても気さくなヘルパーさんで、時々しか顔を出さなかった孫の私のこともおじいちゃんが話してくれているらしく、いつも優しく声をかけてくれました。
きっとおじいちゃんもヘルパーさんの優しさに感謝していたのだと思います。

しばらくすると体調も良くなり、また日課のドライブにでかけていました。
専属の運転手さんが居ましたので、ヘルパーさんと3人で毎日日帰りできる場所へ高速に乗って
出掛けては、おいしいものを食べていい景色を見て温泉に入ったりして人生を思いっきり
楽しんでいたようです。

もうずいぶんと前におじいちゃんは遺言書を書いていました。
親族のいざこざは絶対にあってはならないと言ってみんなに平等に財産をわけるという内容だったそうです。
そんなふうにいつも、おじいちゃんが自分の作った財産の中から、全員を旅行に連れて行ってくれたり、日々のドライブの間の食事も観光もすべておじいちゃんがお金を出していました。
その辺りからだったのか運転手さんとヘルパーさんが、おじいちゃんに遺言書を新たに追加させたらしく、それが亡くなってから出てきたのです。

みんなが知っている遺言書のほかに、もう一通の内容は運転手さんとヘルパーさんに感謝しているので、
死んだ時点で自分の手元にある現金を半分ずつあげて欲しいと書いてあったのです。
これには一同驚きました。

おじいちゃんは手元にある現金は常に500万円金庫に入れておいていましたので、
毎日ドライブに行ったりして使うお金だったそうで、減ってくると銀行からおろしていました。

なくなった日の前日、銀行からおろしたばかりだったのです。
その銀行にある預貯金は兄弟で分けることと最初の遺言書に書かれていたのです。

しかしその遺言書は最初の遺言書が手書きだったのに、ワープロで打たれたものでした。
印鑑も違っていて公的には無効という判断が下され、
運転手さんとヘルパーさんにはお金は渡りませんでした。

ただ、これまで良くしていただいたお礼として数十万円を手渡したそうです。
この真相は闇の中ですが、おじいちゃんがいなくなり、運転手さんとヘルパーさんも
違う職場に行かれたので、誰が書いたのかなどは一切わかりませんが、
おじいちゃんが亡くなった時は、少し後味の悪い最後でした。

私は今のところ分けるような財産は無いのですが、保険などのことはしっかりと子供に伝えておこうと思いました。

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